京都地方裁判所 昭和47年(わ)674号 判決 1972年10月11日
主文
被告人を懲役壱年拾月に処する。
未決勾留日数中百日を右刑に算入する。
押収してあるマッチ箱一個(昭和四七年押第一八〇号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四六年一〇月二一日京都刑務所を仮出獄により釈放されて後、土工として飯場を転々していたものであるが、
第一 昭和四七年五月二二日午前四時ころ、京都市中京区壬生東土居ノ内町三四番地前野長治郎方軒下において、同人の所有にかかる天ぷら五箱(時価合計一、五〇〇円)を窃取し、
第二 同月二三日午前五時ころ、同市右京区嵯峨北堀町二〇番地京都市右京失業対策事務所嵯峨現場において、同所長江川正治の保管にかかる作業用一輪車一台(時価四、〇〇〇円)を窃取し、
第三 前記のように窃取した天ぷらを売却換金しようと考え、前記窃取にかかる作業用一輪車に積んで持ち歩き、同日午前一〇時ころ、同市右京区北嵯峨長刀坂町一番地先路上にさしかかつたが、思うように売れないため業を煮やしたあげく、付近の山林に放火してうつ憤を晴らそうと決意し、そのころ、同町一番地所在の津崎長次郎所有の山林内に立ち入り、付近の地上に堆積してあつた落葉に所携のマッチ(昭和四七年押第一八〇号の1)で点火して火を放ち、周囲の落葉、落枝等に燃え移らせて、右山林約三四〇平方メートルを燃燬し、もつて他人の森林に放火し
たものである。
(証拠の標目)<略>
(累犯前科)
被告人は、(1)昭和四二年七月一一日神戸簡易裁判所で住居侵入、窃盗罪により懲役一年に処せられ、同四三年六月三〇日右刑の執行を受け終り、(2)その後犯した窃盗、窃盗未遂罪により同四五年六月二九日米原簡易裁判所で懲役一年四月に処せられ、同四六年一〇月二九日右刑の執行を受け終つたものであつて、右事実は検察事務官作成の前科調書ならびに被告人の当公判廷における供述によつてこれを認める。
(法令の適用)
被告人の判示第一、二の各所為はいずれも刑法第二三五条に、判示第三の所為は森林法第二〇二条第一項に該当するが、前記累犯の前科があるから、いずれも刑法第五九条、第五六条第一項、第五七条により、判示第三の罪については同法第一四条の制限内で累犯の加重をし、以上は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に同法第一四条の制限内で法定の加重をし、なお犯情を考慮し、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で、被告人を懲役一年一〇月に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、押収してあるマッチ箱一個(昭和四七年押第一八〇号の1)は、判示第三の森林放火の用に供した物で犯人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第二号、第二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により全部被告人に負担させない。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、森林法にいわゆる森林とは木竹が集団して生育している土地およびその地上にある立木竹をいうのであるが、被告人は、単に枯草に火を点じ、かつ、枯草に燃え移らせただけであるから、その所為は森林放火に該当しないと主張する。
森林法第二〇二条第一項にいわゆる森林とは、主として農地、住宅地に使用される土地等を除くほか、「木竹が集団して生育している土地及びその土地の上にある立木竹」または「木竹の集団的な生育に供される土地」をいうものと定義されている(森林法第二条第一項)。そこで、津崎長次郎の司法警察員に対する供述調書および司法警察員作成の実況見分調書を総合すると、本件土地は、登記簿上津崎長次郎所有の山林となつていて、本件犯行当時その地上には松、檜等の樹木や孟宗竹等が群生していた事実が認められるから、右山林が森林法にいわゆる森林であることは明らかである。
そして、森林放火の罪が成立するには、いわれなく他人の森林に火を放つて、その土地から発生した産物を焼燬することを必要とし、その産物は、地上の立木竹のみならず、落葉、落枝、下草等を包含するものと解すべく、したがつて、単に森林の産物である落葉、落枝を焼燬した場合でも、森林放火の既遂罪が成立するものというべきである。そうだとすれば、本件にあつては、前記認定のように、被告人の点火延焼により焼燬するに至つたものは地上の落葉、落枝等であり、これらがいずれも本件土地から発生した産物であることは、周囲の状況に照らしてみても優に推測しうるのであるから、被告人の本件所為を目して森林法第二〇二条第一項の森林放火と認めるに毫も疑いを入れないところである。
弁護人の主張はこれを排斥する。
よつて主文のとおり判決する。
(橋本盛三郎 田中明生 鳥越健治)